日根神社のなりたち



 

 

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天の神様の子孫であるウガヤフキアエズノミコトと、海の神様の娘のタマヨリヒメノミコトには4人の子供がいました。
やがて成長した末っ子のカムヤマトイワレビコノミコトは「この国は各地でケンカばかりしている。私が日本を一つにまとめよう!」と決心しました。
こうして日向の国(宮崎県)を出発したイワレビコノミコトは、途中でたくさんの人々と出会いながら、難波の岬(大阪湾)から大和の国(奈良県)へと向かいました。






しかし大和の国へ入ろうとしたとき、大和のナガスネヒコが立ちはだかり、なかなか先に進むことができません。
「そうだ!日の神の子孫である私が、太陽に向かって戦ったのがいけなかったのだ!」
勝てない理由に気付いたイワレビコノミコトは、いったん退き帰すことにしました。






広い野原に根城を構えたイワレビコノミコトは、天の国を治めるアマテラスオオミカミと根の国(あの世)を治めるスサノオノミコトをお祀りして
「どうか、日の国と根の国の間にある、この地上の国をまとめることができますように」
とお祈りしました。
そして今度は向きを変えて、太陽を背にして戦うと、すんなりナガスネヒコをやっつけることができました。






こうしてイワレビコノミコトは紀伊の国(和歌山県)から大和の国へ入り、無事に国内をまとめることに成功しました。
そして大和の橿原で即位の儀式を行い、日本で最初の天皇、神武天皇(じんむてんのう)となりました。






このときイワレビコノミコトがお祈りした場所は、
『日の神と根の神をお祀りした野原』あるいは『日の御子(みこ)が根拠地とした野原』
ということから『日根野(ひねの)』と呼ばれ、ここに神社が建てられました。
その後、ご両親のウガヤフキアエズノミコトとタマヨリヒメノミコトをお祀りする神社が建てられて、あわせて『日根神社』となりました。